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機関誌「エフ」

Fプロジェクト 第11回 みずほ銀行 篇

「八丈島スマートアイランド化」プロジェクト


島民の心に心を重ね、持続可能な明日への架け橋となる

登龍峠から八丈島を望む。八丈富士の裾野越しにはクロアシアホウドリの生息する八丈小島が見える。

 東京都の離島・八丈島は高齢化率40%を超え、2021年「過疎地域」に指定された。1964年から八丈島唯一のメガバンクとして営業を続けるみずほ銀行は、八丈町と連携協定を結び、従来の金融という領域を超えた支援を行っている。多くの課題を抱えた島と最先端技術をつないでスマートアイランド化する。その現場を知るために訪れた八丈島で出会ったのは、島の暮らしや島ならではの課題に寄り添いながら、最適解を探し続けるプロジェクトチームの姿だった。

金融という概念の境界を越え島の課題解決に挑む

 2019年9月、初めて訪れた八丈島は、まだ夏のリゾートの熱い空気を漂わせていた。“八丈ブルー”と呼ばれる紺碧の海に太陽の光が踊り、色鮮やかな緑が島を覆っていた。「美しい島だなぁ」。それが、みずほ銀行デジタルイノベーション部の佐藤泰弘さんの第一印象だった。
 MBAを取得するためにアメリカに留学、ペンシルべニア大学ウォートン校でフィンテックや起業について学んだ佐藤さんは、帰国した2019年5月末、デジタルイノベーション部に配属された。ウォートン校のモットーは「Knowledge for Action」。「学んできたデジタルトランスフォーメーション(DX)やサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)をすぐにでも仕事で実践したい」。そう考えていた佐藤さんのもとに八丈島からの相談が舞い込んだ。
 みずほ銀行は、メガバンクで唯一八丈島に営業所を開設している。正式名称は「みずほ銀行浜松町支店八丈島特別出張所」。離島という環境のため、ATMの数が限られ、観光客が都会と同じ感覚で来島すると現金が引き出せず、結果、観光消費に制約がかかる。現金の輸送コストも大きい。そんな課題に直面していた八丈島特別出張所の所長から、キャッシュレス化を進めたいという協力依頼だった。
 夏の観光シーズンが一段落するのを待って八丈島を訪れた佐藤さんは、島の観光事業者などを集めキャッシュレスの説明会を開催、みずほ銀行独自のキャッシュレス決済サービス『J-Coin Pay』を紹介した。何回か実施した説明会の空き時間には島の商店などに直接出向いて『J-Coin Pay』導入の支援を行い、八丈町役場で町長や副町長、役場の職員と対話を重ねた。そのなかで、島が抱えるいくつもの課題、島の人々の問題意識を知ることとなった。
 みずほ銀行なら、八丈町の力になれるのではないか。島という独立した環境は、様々なソリューションの効果を検証する最適なフィールドでもある。佐藤さんは、すぐに行動を起こした。「まずはキャッシュレスを契機に、島のデジタル化へと支援を広げていこう」。
 〈みずほ〉グループと八丈町、八丈町商工会の間で「キャッシュレスに関する包括連携協定」を12月に締結しようというところまで話は進み、調印式もスケジュールしていた。ところが、パンデミックとなった新型コロナウイルス感染の爆発的な拡大によって人の移動に制限がかかり、締結は延期となった。その後、調印式は行われなかったものの、2020年8月5日にようやく協定は締結された。この協定には、八丈島のキャッシュレス化を起点に、デジタルテクノロジー等の社会実装を通じた地域課題の解決を図る「スマートアイランド化」の実現が謳われている。

  • 2022年8月、〈みずほ〉グループと八丈町との間で「サステナビリティ及びDX推進に関する包括連携協定」を締結。左から、みずほリサーチ&テクノロジーズ・牛窪恭彦取締役副社長(当時)、山下奉也町長、みずほ銀行・梅宮真副頭取執行役員(当時)。

  • みずほ銀行 デジタルイノベーション部 佐藤泰弘さん

  • みずほ銀行浜松町支店八丈島特別出張所は1964年11月に開設され、長年にわたり八丈島の地域経済に貢献してきた。

防災、生活者支援、観光振興
多角的に柔軟にアプローチは進む

 八丈町の抱える最大の課題は、高齢化率40%を超える少子高齢化だった。雨が多い島は土砂崩れの危険性も高く防災対策の面でも悩みは尽きない。島の経済を支える観光業についても、キャッシュレス化を進めるだけでなく、観光を活性化するためには他の地域との差別化を図る必要があった。町役場の方々はこれらの課題に対処しようと奮闘していたものの、人手も資金も不足していた。
 佐藤さんは八丈町全体を元気にするための大きな構想を描いていた。最先端のデジタル技術によって少ない人員で、住民サービスや防災対策、観光の発展を図る。一方で島の豊かな自然を守り続けるサステナビリティにもデジタルの力を活かしたい。実現に向け実証実験などの資金には、国や東京都がDX推進のために準備している施策や事業を活用しよう。
 2021年8月、国土交通省の「令和3年度スマートアイランド推進実証調査」の助成を受けて、八丈町で津波の到来、土砂崩れや大雨の危険性などを測定する最先端の装置が設置されることになった。
 みずほリサーチ&テクノロジーズ(以下、R&T)デジタルコンサルティング部の中村公亮さんは、この実証実験に携わることで、八丈島のスマートアイランド化を支援するチームに加わった。
 八丈島にとって、東日本大震災で東北の沿岸部を襲った津波は他人事ではなかった。雨の多い火山島は、過去に土砂災害に見舞われたこともあった。中村さんは役場の担当者や技術者とともに島中を歩き回り、センサーなどを設置すべき場所を調査。津波監視用の定点カメラや、土砂の傾きを図るセンサー、雨量計を設置した。
 「何足もの靴を履きつぶすほど歩きました。それまでは取引先企業にアドバイスをするオフィスワークが主体でしたので、現場確認に同行したり設置工事に立ち会ったりというのは初めての経験でした」
 忘れられないのが、津波監視用の定点カメラの設置だ。カメラの映像を遠隔監視するためには、島内に有線のネットワーク回線が必要だったが、配線が行き渡っていない場所が多く、私有地などで新たに配線工事を行うための申請手続きなどにも苦労した。
 防災のための調査や機器の設置はその後も継続して行われ、現在、津波監視用定点カメラは6台、土砂の傾斜を感知・測量するセンサーは18台を数えるまでに増えている。

 八丈島をスマートアイランド化する上で、越えなければならない大きなハードルがほかにもあった。スマートフォンを使えない高齢者にデジタルの利便性をいかに伝えるか。佐藤さんを中心としたプロジェクトチームは、防災と同時にこの課題への取り組みも行っていた。
 2022年8月、「八丈島ならではの魅力を活かした持続可能な地域社会の創出」を目的として、〈みずほ〉グループと八丈町との間で「サステナビリティ及び DX推進に関する包括連携協定」が締結された。プロジェクトチームは、国交省の推進事業だけでなく、東京都の推進する「東京宝島 サステナブル・アイランド創造事業」の助成も活用。八丈町の住民に、デジタルの恩恵を実感してもらおうという実証が10月から始まった。そのひとつがスマートディスプレイの配布だった。
 スマートディスプレイは2023年9月末から配布を始め、現在、デジタル環境に不慣れで支援が必要な島の高齢者66名を対象に、はがきより少し大きい専用の端末を自宅に設置。町からのお知らせや防災情報を受け取るほか、安否確認などのやりとりをしている。
 「スマホを使えない人が取り残されないようにすることが大切でした」と話してくれたのは、八丈町福祉健康課の菊池泰さん、桑原俊樹さん。
 みずほR&Tの鈴木諒さんは、企画段階からこの実証に参加した。町役場の担当者と打ち合わせを繰り返し、機種選定から配布までの日々を振り返り、「配布対象者が決まって、お声がけをしてもなかなか利用希望者が集まらなくて苦労しました。でもようやく開催した配布説明会で、お年寄りが面白そうに端末を操作しているのを見たときは、本当に嬉しかった」と語る。
 鈴木さんは今も、サービスの見直し、検証に従事している。
 町民にデジタルの恩恵を実感してもらおうというもうひとつの試みが、顔認証システムを活用した「温泉で顔パス」実証事業だった。
 島民の利用が多い町営の温泉施設の受付にタブレット端末を置き、顔を近づけることで認証、入場ができる。受付担当がシルバー人材であったため、料金の収受に手間取らないよう、実証期間の料金を前払いしてもらい、期間中は何回でも利用可能というサブスクリプション形式を採用した。
 2023年の秋、顔認証のためのデータ登録会を行った。八丈町企画財政課の吉川元人さんと佐治渉さん、佐藤さんや、顔認証技術を提供するパナソニックコネクトのスタッフも加わって、3日間実施した登録会には325人の町民が参加。反響の大きさを鑑み、急遽、町役場の窓口でも登録できるようにし、最終的には435名が顔認証を登録し、顔パス温泉入場は12月から3ヵ月間実施された。
 「町民の方は、顔パスってこんなに便利なものだったんだねと喜んでくれました。今回は実証実験ということで2月末に終了したのですが、『ぜひぜひ続けてもらいたい』という声を多くいただきました」 と、町役場の吉川さんと佐治さんは大きな手ごたえを感じている。今後、どのような場面で町民に利便性とメリットを提供していけるのか、これまでの実証事業のデータを分析し、検討を続けている段階だ。

  • みずほR&T コンサルティング本部
    デジタルコンサルティング部 中村公亮さん

  • 津波監視用カメラは島内6ヵ所に設置され、“八丈ブルー”と呼ばれる青く美しい海原の安全を見守っている。写真は底土海水浴場に設置されたカメラ。

  • 八丈町福祉健康課の菊池さん(右)と桑原さん。

  • スマートディスプレイ端末は行政情報や災害時の避難情報が伝達されるほか、ゴミ出しカレンダーや運航情報なども確認できる。

  • みずほR&T コンサルティング本部
    デジタルコンサルティング部 鈴木 諒さん

  • 「温泉で顔パス」を担当した八丈町企画財政課の吉川元人さん(左)と佐治渉さん。

  • パナソニックコネクト(リモート画面)の中嶋裕一さんと尼崎百音さん(当時)。利用者情報や利用状況など実証で得られたデータは精査され、今後の事業展開に活用される。

観光アプリは7月にリリース
島と〈みずほ〉と連携企業の共創は新たなフェーズへ

 八丈町のスマートアイランド化の取り組みの中で、実装の段階に入ったものもある。7月リリース予定の観光アプリ「八丈島公式観光アプリ」だ。
 これまで団体旅行や夏休みの観光客、釣り客が多かった八丈島だが、アプリを通じて、日本の観光消費を牽引するミレニアル世代の女性など、個人観光客に訴求し、一年を通して観光客が訪れる島を目指している。
 「〈みずほ〉さんがつないでくれたアプリ制作会社やマーケティング会社の協力で、これまで伝えきれなかった八丈島の魅力をアプリに落とし込むことができました。写真の選び方ひとつで印象が変わるといったアドバイスも新鮮でした。結果、デザイン面など、視認性の高いアプリになりました」
 八丈町産業観光課の奥山公貴さん、八丈島観光協会の田村真吾さんも、アプリによる情報発信の効果に大きな期待を寄せている。
 観光地としての注目度を上げるためには、ほかの観光地と差別化できる八丈島ならではのアピールポイントが必要だ。そう考えた関係者が今力を入れているのが、ホエールウォッチングだ。八丈島近海には、晩秋から春にかけて、黒潮に乗ってザトウクジラがやってくる。陸地から見ることもできるほど近くにやってくるクジラ情報はアプリからも確認できるようにする予定だ。
 「観光アプリでは情報発信と並行して、〈みずほ〉と関連会社が連携して観光マーケティングも支援していきます。来島者の傾向を分析し、訴求力を高めて個人観光客の増加につなげるなど、観光消費を拡大するために様々な視点から協力をしていきます」と佐藤さん。作って終わりではなく、アプリも観光も育て成長を見守っていくという。

 八丈町の住民と一緒になって町の課題に取り組み、みずほ銀行の多様な取引先企業と町をつなぎ、高齢者にもデジタルの新風を送り込んでいるプロジェクトチームの手腕は、山下奉也町長をはじめとした八丈町役場の職員や関係者から厚い信頼を得ている。
 「佐藤さんたち〈みずほ〉のみなさんがいてくれるから、町は最先端の技術を使って新たな課題に次々と挑戦することができるんです」
 佐藤さんたちプロジェクトメンバーの蓄積してきた知見や行動力、スピード感は、一緒に取り組む八丈町の人々のモチベーションを呼び起こす力にもなっている。
 佐藤さんも、中村さんも、鈴木さんも、見据えるのは、すっかり親しくなった人々の住む愛すべきこの島のサステナブルな未来だ。今取り組んでいる様々な実証実験や事業、そのデータを集積・分析し、時には分野横断的な情報を連携させることで、効率と利便性が向上し、また新たなメリットが生まれ、育まれる。そんな仕組み作りに挑み続ける。
 「それは八丈島の風土や文化に根差した、八丈島ならではの仕組みになると思います。でも、ここで培われた様々な経験や実績は、〈みずほ〉の資産として、課題を抱える日本中の地域の課題解決に役立つはずです。僕たちは、そんな、〈みずほ〉と地域の未来をつなぐ役割のフロントランナーでありたいと願っているんです」
 風が吹き抜ける八丈島の高台、少し早口で語る佐藤さんの言葉には、強い決意と熱い思いが込められていた。

  • 八丈町産業観光課の奥山公貴さん

  • 八丈島観光協会の田村真吾さん。

  • 八丈町の山下町長。(町長執務室にて)

  • 〈みずほ〉のプロジェクトメンバー。右から佐藤さん、中村さん、鈴木さん。(〈みずほ〉本部にて)

COLUMN

「ホエール ウォッチング カメラ」の映像をライブ配信予定!

 島内6カ所に設置された津波監視のための防災カメラの下には、「ホエールウォッチングカメラ八丈島では毎年11月頃~4月頃にかけて、ザトウクジラが観察できます。」と書かれた青いプレートとクジラのオブジェが取り付けられている。
 カメラは、24時間八丈島の海の様子を映し出す。災害時には津波の到来情報などを確認する役割を果たすが、そうでないときにもこの映像を活用したいという発想から生まれたのが、クジラ観察だった。プレート上のQRコードを読み取るとスマートフォンから八丈島の海とクジラの姿を愉しむことができる。現在AI解析で素早くクジラを認識し、発見できる技術を開発中で、完成すればクジラの出現情報が随時更新され、クジラに出会える確率が上がる。
 映像によるクジラの観察は、観光目的だけではなく、研究機関と協同してクジラをはじめとする海洋生物の調査・保護など、生物多様性の保全にも活用していく計画だ。

 津波監視用定点カメラは「ホエール ウォッチングカメラ」を兼ね、看板のQRコードをスマートフォンで読み取ると、ライブカメラ映像を見ることができる。

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