芙蓉懇談会

芙蓉懇談会50周年記念動画ダウンロード 芙蓉ファミリークラブ
機関誌「エフ」

Fプロジェクト 第10回 日産自動車 篇

「浜通り地域デザインセンターなみえ」設立プロジェクト

地域に深く溶け込み、住民に寄り添いながら
復興の“まちづくり”を支援する!

 日産自動車が福島県浪江町で取り組んでいるモビリティサービスの実証実験が、成功事例として注目されている。地域に寄り添う新交通システムのデザイン化を模索してきた実証実験は、今、実用化に向けた段階に入っている。さらなるシステムの改善を目指し、地域の声を聞き、知恵を出し合うために、日産自動車は東京大学と連携した新たな“まちづくり”の拠点を設立した。東日本大震災で甚大な被害を受け、未だ避難指示区域が残る浪江町の復興・再生を支援する日産自動車の取り組みを取材した。

  • 施設内にはコンセプトがひと目でわかるイラストパネルが掲げられている。

  • 外壁には「なみえアートプロジェクト『なみえの記憶・なみえの未来』」のアート作品が掲げられている。

2022年5月28日、浪江駅前に拠点を開設

 JR常磐線「浪江」駅前のロータリーにあるバス乗り場でひときわ存在感を放っていたのは、大型のタッチパネル画面を備えたデジタル停留所だった。パネルには顔認証の仕組みがあり、利用者は事前に利用登録をしておけば誰でも簡単な操作で乗合タクシーが配車される。スマートフォンでの登録・配車も可能で、デジタル停留所に限らず、町内の各所に配置された停留所で自由に乗降車できる。また、初めて訪れた旅行者などのためにゲスト用という選択肢も用意されている。
 このデマンド配車サービス「なみえスマートモビリティ」は、2021年2月に締結した「浜通り地域におけるモビリティを活用したまちづくり連携協定」に則して、日産自動車が浪江町で取り組んでいる公共交通サービスの構築を目指すモビリティサービスの実証実験。その拠点となっているのが、5月28日、浪江駅前にオープンした「浜通り地域デザインセンターなみえ」だ。
 日産自動車は東京大学大学院工学系研究科と連携し、このデザインセンターでの研究・活動を通じて、“福島県浜通り地域における持続可能な住み続けたいまちづくり”を支援している。

東日本大震災からの復興を支援する日産自動車の現地での取り組み

 福島県双葉郡浪江町は、福島県浜通り北部に位置する。海、山、川に囲まれた豊かな自然に抱かれ、農業や漁業が盛んだったこの町を、2011(平成23)年3月11日、東日本大震災が襲った。震度6強の揺れ、15メートルを超える津波、そして東京電力福島第一原子力発電所の事故。放射性物質の大量放出を受けて避難指示が出されると、浪江町民の生活は一変した。住み慣れた土地からの避難を余儀なくされ、2万1千人が放射能汚染から逃れるように日本各地へと散り散りになった。
 6年後、除染が行われ、インフラなどの生活基盤の復旧や再生が進んだ2017(平成29)年3月31日、浪江町の一部地域の避難指示が解除され、避難住民の帰還が始まった。日産自動車はこのころから浪江町の復興に関わり、2018(平成30)年3月には住友商事との合弁会社「フォーアールエナジー」の事業所を開設し、電気自動車(EV)向けバッテリーの再利用、再製品化に乗り出した。
 そして次に取り組んだのが、公共交通の手段としてのスマートモビリティの活用だった。従来の公共交通システムや移動を変革する新たなテクノロジーで、“まち”の再生に挑もうという試みだ。
 2019(令和元)年度、2020(令和2)年度には、経済産業省の推進事業として選定された「なみえスマートモビリティーチャレンジ」という実証実験を展開した。道の駅なみえをモビリティハブ(接続拠点)として、町内の主要な場所をつなぐ自動運転車両の巡回シャトルと自宅や郊外の目的地を結ぶスポーク車両を組み合わせたハブ&スポーク型の「町内公共交通」や乗客の移動手段だけでなく実店舗やWebで購入・注文した商品の配達・受け取りも行う貨客混載による「荷物配達サービス」を検証した。2021(令和3)年度には、利用者が自宅にいながらタブレット端末を介して店舗の売り場にセットしたカメラで見ながら商品を注文して自宅で受け取ることができる「なみえバーチャル商店街サービス」を検証したほか、さらに福島県の実用化補助というプロジェクトを活用して、住民の移動手段を確保するために、この地域にどんなモビリティが必要なのかという課題に応えるための実証実験も重ねてきた。そして、現在展開中のデマンド配車サービス「なみえスマートモビリティ」へとつながる。

「東日本大震災・原子力災害伝承館」(双葉町)から浪江町方面を望む。高く築かれた防潮堤の向こう側に常磐の海が広がっている。

  • 大津波の被害を受けた浪江町立請戸(うけど)小学校は、東日本大震災の伝承のため“震災遺構”として保存され一般公開されている。校舎の傷痕が凄まじさを物語る。

  • 「荷物宅配サービス」など、「なみえスマートモビリティ」によって社会インフラとしての公共交通の可能性は広がっている。

  • 事前登録しておけば、デジタル停留所やスマートフォンを使って誰でもデマンド配車サービス「なみえスマートモビリティ」を利用、浪江町内の避難指示解除区域を移動できる。

 2019年度からこうした数々の実証実験に関わってきた日産自動車総合研究所研究企画部主管の宮下直樹さんは、浪江町に拠点を設け、住民の方々と交流を深める中で「モビリティの設計はまちづくりだ」という強い思いを抱くようになったという。
 「公共交通は単なる乗り物や移動手段ではなく、社会インフラであり生活インフラなんです。モビリティの設計は、まちづくりのデザインとして考えなければいけない。ここで暮らしてみて、そう実感するようになりました」
 そうした捉え方に立って辿り着いたのは、もっと土地について深く知り、まちの復興に取り組む人々とコミュニケーションを密にとっていくことが必要だということ。浪江町の復興に真剣に取り組むことを決意して町に滞在していた、交通や都市を研究している東京大学の羽藤英二教授と語り合う中で、まちづくりを考えるための場をつくりたいという、強い思いを持つようになった。2021年の夏のことだった。
 自動車メーカーとしては踏み込んだ感のあるその発想を、本社に伝え、今回の東京大学との連携プロジェクト実現のために現場と本社の橋渡しに奔走したのが、宮下さんと同じ部署に所属する主任研究員の保坂賢司さんだった。
 「地域に入り込んでいた宮下の熱い思いを、彼とともに一所懸命伝えました」
 それまでの実証実験を通じて宮下さんが感じていたのは、モビリティサービスを実験で終わらせてはならないということだった。
 「各地で様々な実証実験が行われていますが、多くは実用化に結び付かない。その原因は地域に深く入り込んでいないからなんです。地域を巻き込むということもあるし、まちをつくるという観点も必要です。人がどう移動するのかということも含めて、まちづくりのためのモビリティを考えていかなければいけない」
 そのために、多くの人が自由に集い、まちづくりを考えるための拠点を持つこと、東京大学と連携することが必要だ。宮下さんと保坂さんは本社上層部に、丁寧に、そして熱心に、復興のまちづくりのために集える場の必要性と有用性を繰り返し説いた。
 結果、その思いが受け入れられた。「他社がやらぬことをやる」という精神で新しい技術や商品を生み出すことに情熱を注ぎ、絶え間ない挑戦を続けてきた日産自動車ならではの決断だった。
 東京大学との連携協定が実現し、誕生した「浜通り地域デザインセンターなみえ」は、地場産木材を活用、内装は明るく開放的で誰もが気軽に立ち寄れる雰囲気を漂わせる。地域住民からのまちづくり活動等の相談に対応したり、地域おこしイベントの打ち合わせの場となったり、駅前の立地を活かして、多くの住民が立ち寄る情報発信基地にも、コワーキングスペースやイベント会場にもなる。EVから建屋に給電する機能も備えているため、災害時には一時的な避難所としても使える。
 「当初、4月にはこの地域デザインセンターを立ち上げている予定だったのですが、コロナ禍による世界的な資材不足のため施工に遅れが生じてしまいました。連携する東京大学のみなさんに申し訳ない気持ちでしたが、おかげで、どういうかたちでこのセンターを立ち上げるのかコンセプトをじっくり確認する時間を持つことができました」
 保坂さんは、同センター設立のミッションが無事に軌道に乗ったことを思い返しながら、ほっとしたと笑顔を見せた。

  • 2022年5月28日、「浜通り地域デザインセンターなみえ」開設のテープカットが行われた。左から吉田数博町長(当時)、センター長を務める東京大学の羽藤英二教授、日産自動車の土井常務執行役員。

  • 通りに面したエントランス側は全面ガラス張りで、インテリアには地場産木材がふんだんに使用されている。明るく温もりがあり、地域の拠点として居心地の良い空間となっている。また、地域や震災に関する書籍なども展示、自由に手に取ることができる。

実証実験から実用化へ、本格的な“まちづくり”が始まる

 「浜通り地域デザインセンターなみえ」を拠点に、日産自動車は現在検証中の2つのプロジェクトをさらに深く掘り下げていくことになる。
 1つは、モビリティサービスだ。現在の実証実験を続けながら、さらにまちの需要にフィットしたかたちにして、2024(令和6)年度からの実用化を目指している。
 「実用化の際には、モビリティサービスが住民の方々に利用しやすいよう、ビジネスモデルとかその仕組みの技術的なところをパッケージにして、提供することになります。ただシステムだけをパッケージとして提供しても実際には使いこなせないと思うので、こうやって使えばいいですよというところまで踏み込んで具体的な運用方法もデザインした状態で渡したい」と宮下さんは、明確なビジョンを示してくれた。

今回お話を伺った日産自動車の宮下さん(左)、
保坂さん(右)、東京大学の福谷さん。

 もう1つのプロジェクト、エネルギーマネジメントシステムの導入については、保坂さんが説明してくれた。
 浪江町では2020年3月にゼロカーボンシティ宣言を行い、翌年3月にグランドオープンした「道の駅なみえ」には、太陽光発電や太陽熱、純水素燃料電池などの設備を導入している。その設備を最大限活用しながら電力とエネルギーを無駄なく運用しようというのが、エネルギーマネジメントシステムだ。
「道の駅なみえ」にはEVの充電設備があり、一度に5台のEVへの充電が可能だが、太陽光など再生可能エネルギーの発電量は天候に左右されるといった制限がある。その電力を無駄なく使うために複数のEVを充電する際、どのタイミングで充電すればいいのかをAIで自動的に判断・コントロールし、再生可能電力を効率よくEVに充電できるシステムが採用されているのだ。
 各EVがAIで自動的に充電量を制御するこの設備は、今後「浜通り地域デザインセンターなみえ」にも設置予定だ。
 「充電したEVは災害時には施設に電気を供給するという役割も果たしてくれます。再生可能エネルギーを蓄え、災害時にそれを利用することができる。これから、浪江町でこのシステムを増やしていきながら、エネルギーをうまく活用することの重要性についてEVを利用する地域住民の方々に伝えていきたいと思っています」
 このシステムが災害に対してどれだけ強靭で貢献できるかということを住民目線で理解してもらうためのイベントや情報発信の拠点となるのも、ここ「浜通り地域デザインセンターなみえ」だ。
日産自動車はこの新たな拠点を活用して、浪江町の復興と希望ある“まちづくり”を、これからも力強く支援していく。

  • EVの充放電を自律的に行う制御システムを活用し、EVの充電電力を再生可能エネルギー(RE)100%にする、「道の駅なみえ」のエネルギーマネジメントシステムの実用化検証設備。

  • 「浜通り地域デザインセンターなみえ」では災害時、充電したEVの電力は施設の電源として活用が期待される。

COLUMN

まちづくりの実践的な研究拠点ができたので
「浜通り地域デザインセンターなみえ」に
毎週通っています

 「浜通り地域デザインセンターなみえ」のセンター長を務める東京大学の羽藤教授の研究室からは、毎週学生がこのセンターを訪れ、フィールドワークと検証に取り組んでいる。
 羽藤教授は、交通・都市の研究者で、愛媛の松山アーバンデザインセンター長や計画・交通研究会の会長も務めている。松山アーバンデザインセンターは、産官学が連携するまちづくり組織で、中心市街地に拠点施設を構え、将来ビジョンの検討や都市空間のデザインマネジメント等のハード面、まちづくりの担い手育成や地域デザインプログラム等のソフト面、双方のアプローチから、総合的なまちづくりに取り組み、成果を残している。

東京大学大学院工学系研究科
社会基盤学専攻 
交通・都市・国土学研究室
福谷 きり さん

 取材に訪れた日、浪江で活動していたのは、羽藤教授のもとでまちづくりを実践的に研究している福谷きりさんだった。
 「私を含め3人の学生が毎週ここを訪れ、週に2~3日滞在してフィールドワークをしています。これからどんなまちにしたいのかを考えてもらうために小・中学生に授業をしたり、アンケートをとって地域の人の居住や交流の実態について調査したりしています。このセンターを通じて、これまでリーチできていない地域住民の意見をすくい上げていければと、今考えています」と語ってくれた。

フリーWi-Fiや電源などIT設備も充実、センター内のどこでもPC作業が可能だ。地域のふれあいイベントなどの会場としても機能している。

Page Top