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機関誌「エフ」

Fプロジェクト 第8回 大成建設 篇

国立競技場建設プロジェクト
60年の歳月を経て 再びの国立競技場建設
高難度の歴史的ミッションへの挑戦


国立競技場のスタジアム内観。観客席は森の木漏れ日を想わせる。
写真提供(人物・旧国立競技場写真除く)=
(独)日本スポーツ振興センター

 2021年9月、東京は例年より早い秋の気配に包まれていた。大成建設常務執行役員の北口雄一さんは、世界的競技イベントの閉幕をほっとした心持ちで迎えていた。開閉会式が開催され、各国のアスリートたちが熱い闘いを繰り広げた大会のメイン会場となった国立競技場。建設を請け負ったのは大成建設であり、設計・施工の総責任者として、その陣頭指揮をとったのが北口さんだった。旧国立競技場の施工を成し遂げた諸先輩の仕事と誇りを継承し再び挑んだ歴史的プロジェクト、“100年残るスタジアム”が完成するまでの軌跡を辿る。

新国立競技場整備事業公募2か月半で渾身の提案書が完成

 2015年7月17日、当初の新国立競技場建設計画は白紙撤回された。ゼロベースでの見直しとなり、改めて建設案が公募されることになった。8月28日には新たな整備計画が策定され、当時の状況を踏まえ、設計と施工を一貫して発注する「公募型プロポーザル方式」での募集となった。「要求水準」「工期」「コストの上限」等さまざまな要件を満たす技術提案書の提出が求められるものだった。
 大成建設は、旧国立競技場の建設に携わっていたことから、先輩社員たちが成し遂げた偉業を受け継ぐのだという強い思いがあった。北口さんをリーダーとする国立競技場建設プロジェクトチームが誕生、設計は梓設計と隈研吾建築都市設計事務所との3社からなる共同企業体(JV)、施工は大成建設1社、という陣容で公募に臨むことになった。
 公募開始は9月1日、技術提案書の提出期限は11月16日に設定された。2か月半で設計案から施工計画までを練り上げなければならない。その計画は、完成形だけでなく建設の過程も含めて、関係者はもちろん、国民にも納得してもらえるものでなければならなかった。
 プロジェクトに立ち向かうと決めたときに北口さんが思い描いたのは、国立競技場竣工時に、関わったすべての人が笑顔でスタジアムを見上げている光景だった。「その光景を実現するために必要なことはすべて遂行する!」と決意した。「私の仕事は、このプロジェクト完遂まで、関わるすべての人が成功を確信できるようなストーリーを描くこと、そしてそれを伝え続けることでした」
 いよいよ技術提案書の準備が始まった。設計チームと施工チームを1か所に集め、常に両者が意見交換しながら計画が進められる体制をとった。
 プロジェクト立ち上げ時から関わり、対外窓口・工務全般を担った作業所長の八須智紀さんは、次のように当時を振り返った。
「コストと工期と要求水準を満たした上で、設計・施工一貫した確度の高い仕組みや計画の作成と、それを実現する体制やプロセスも検証した技術提案書が必要でした。実施する過程でブレない緻密な計画を2か月半という短期間でまとめるのは、これまで経験したことのない大変な作業でした」
 通常、設計が固まってからそれをどう実現するかを検討する。しかし、今回は設計を考えながら同時に実現方法も考え、工期やコストも考慮しなければならない。コンセプトやイメージの創造、工法などについての技術的裏付けをヒアリングし、具体的な検討まで行う必要があった。疾風怒濤のごとくに時間は過ぎ、11月16日、技術提案書が提出された。
「杜のスタジアム」をコンセプトとする技術提案書には、大命題であった限られた工期内で品質が高く、耐久性に優れたスタジアムを完成させるために、徹底したプレキャスト(PCa)化、ユニット化といった工法技術が採用された。
PCa化とはあらかじめ(Pre)成型する(Cast)という意味で、また、ユニット化とはあらかじめいくつかの部材を組み込んだ状態をひとつの単位として組み立てていく方法だ。
「工場製作した建物の基礎・柱・梁や観客席の段床や隔壁などの部材を現場に搬入し取り付けることで、現場作業を省力化するとともに、天候や労務不足が工程進捗に影響を及ぼさないように作業効率も考慮してPCa化しました。さらに、この工法を採用したことで安全管理や品質管理等のメリットも大きいものでした」と八須さん。
 また、公募の条件に挙げられた工期の期限は2020年4月末であったが、それよりも5か月前倒しとなる2019年11月末に設定した。これは本来目途としている国際競技イベントのプレイベントなどを考慮しての提案であったが、大きな覚悟も必要であった。
 技術提案書は、膨大な決め事がある設計をまとめつつ、工事に必要な資機材を早期に調達するめどを付けるための方策や、多岐にわたる工事計画や細部まで工程検証行うとともに、想定されるリスク検討も行い完成させた。
 その後、技術提案等審査委員会等で説得力のある技術提案書が評価され、12月22日に受注が決定した。晴れて、旧国立競技場を施工した諸先輩の仕事を引き継げることになった。

  • 設計・施工の総責任者を務めた常務執行役員の
    北口雄一さん。

  • 旧国立競技場は1957年1月に着工し、1958年3月に完成した。スタジアムの収容人数約5万人は当時東洋一を誇り、戦後の復興の姿を世界に示す建築物の一つとなった。
    写真提供:大成建設

  • スタンド部の基礎躯体工事風景。あらかじめ工場で製作された
    PCa部材が基礎躯体の約7割を占める。

設計・施工一貫のメリットを最大限に活かして工事を完遂

 2016年1月に第Ⅰ期事業(基本設計・実施設計・施工技術検討)が契約され、2月から設計業務が開始された。
 約1年間で基本設計から実施設計までを終えるスケジュールだった。通常は設計図が完成してから施工計画や施工図作成などを開始するが、今回は設計・施工一貫で請け負ったメリットを最大限に活かして、設計段階から設計チームと施工チームが知見を持ち寄り、安全、品質、施工性等を確保した設計をフロントローディングで行った。それは早い段階から施工の準備ができることを意味した。資機材の確保、工場への発注、労務の確保、そうした準備を設計期間にやり遂げた。
 2016年10月に第Ⅱ期事業契約(意図伝達・工事施工・工事監理)が結ばれると、すぐに資機材等の発注が行われ、12月から本体工事を着工した。掘削工事を経て、2017年4月には基礎躯体工事が始まった。
 3年の工事期間で最大の山場とされたのが、2年目に計画されていた大屋根の工事だった。すべての観客席を覆った大屋根は、外壁側の柱だけで支えられる片持ち形式だ。フィールド側に柱がなく競技が見やすいデザインだが、約60m長の屋根を片側の柱だけで支える高度な技術が要求された。
「無事に完成するまで屋根だけに特化するチームが必要だ」
 北口さんの一声で2017年初めには屋根チームが結成された。屋根鉄骨工事は、スタンドからつながる根元鉄骨部分をスタンド外周部から先に取り付けした後、内側の跳ね出し鉄骨部分は全体を252のユニットに細分化し、フィールド内で地組みをして、フィールド内に設置した1000tクローラクレーンで吊り上げて取り付ける計画とした。スタート地点から時計回り・反時計回りに各ユニットをつなぎ合わせながら工事を進め、最後にぐるりと一周するように仕上げていく。
 屋根チームを率いたのは屋根工事・フィールド・観客席工事担当の作業所長、石橋正洋さんだ。
「屋根工事は2018年2月着手を予定していましたが、8か月前に実大部材を使用した『屋根実大施工検証』を行うことが当初から計画されていました。2017年6月から工事現場内敷地の一角で、実大施工検証を行いました」
 屋根部材が実際に取り付けられるのは3層になった観客席の上。フィールドからは約50mの高さだ。そこに約60mの長さの片持ち屋根を取り付ける。屋根鉄骨は根元の2本の柱とトラス梁とで構成され、楕円を描くように108のスパンを巡らせユニットをつなぎ合わせる。
 検証では2スパン分の鉄骨を組み立てながら、安全性、足場の位置、鉄骨の取り付け順、ユニットのつなぎ方、各ステップでの鉄骨の変位量などを確認した。本工事を行う職人に、屋根鉄骨工事だけでなく、照明器具やスピーカーなどすべての部材を組み込んだユニットを使って、実際の工事と同じ作業を行ってもらった。
 その成果は大きかった。実大施工検証で実際に経験し、作業手順や安全性の確認、図面の納まりの検証ができたため、2018年2月から始まった大屋根の本工事はスムーズに進行した。
 実際の施工で細心の注意を払ったのは、測量と微調整だった。新たな屋根ユニットがひとつ取り付けられるたびに測量が行われ、常にミリ単位の調整が行われた。
「毎日の調整の積み重ねで成功する確信はあったものの、時計回りのユニットと反時計回りのユニットが、最終的にぴたっと納まった時は感動しました。あの時、現場では拍手が沸き起りました」と石橋さんは最高の瞬間を思い出す。
 2019年2月4日、上棟式を迎えた。大屋根の上棟は、北口さんや八須さんにとっても忘れがたい一幕だった。工事が計画通りに終えられる見通しがついた瞬間である。
 石橋さんは施工中、現場にいた屋根関連工事の職人さん一人ひとりとのコミュニケーションとチームワークを重んじたという。
「ずっと言い続けていたことは、屋根工事で重篤な災害を絶対に起こさないということでした」
その強い信念は石橋さんだけでなく、北口さんを筆頭にそれぞれの所長、そして各チームの全員が持っていたものだ。現場の方針として、安全管理を徹底しただけでなく、働く職人の職場環境づくりにも力を入れ、その一環として、看護師を常駐させるなど日々現場で活躍する職人の健康管理にも力を入れた。そして、現場周辺の近隣への配慮も最大限に払った。
 大屋根工事が終了したエリアから順次の観客席工事が行われ、フィールド工事へと続いた。
 全工期にわたり緻密に進捗管理を行い、工事は計画通りに推移し、2019年11月末に完成引き渡しを迎えた。この日に最も印象に残っていることがあったと語るのは八須さんだ。
「お引き渡しの時、お客様から『技術提案書通りの素晴らしい建物を、1日も遅れることなく完成させましたね。本当にありがとうございます』とねぎらいの言葉をかけられ、この仕事に携われたことへの感謝や達成感などで感極まりました」
 プロジェクトの総括責任者として走りきった北口さんは次のように語った。
「それぞれの担当者がそれぞれの立場で、強い責任感を持ってこのプロジェクトに取り組んでいました。だからこそ、国立競技場建設プロジェクトを彼らの成功体験として残す責任が私にはあった。そしてこの経験を、大成建設の一員としても個人としても、今後につなげていってほしい」
 快晴の冬空のもと、12月15日には竣工式が開催された。完成した新しい国立競技場を、そこに集った人々が笑顔で見上げていた。
 北口常務がプロジェクトを率いることになった時に思い描いた通りの光景が、そこにあった。

 大成建設と言えば「地図に残る仕事。」というキャッチフレーズで知られる。だが、100年先を見据えて計画され完成した国立競技場建設プロジェクトは、「歴史に残る仕事。」でもあった。

  • 屋根鉄骨工事の実大施工検証では、屋根鉄骨の実物大モデルで施工計画、作業工程、作業手順の詳細な検証が行われた。

  • 1つの屋根フレームを3つの屋根鉄骨に分割した屋根ユニットはフィールド内で地組みされた後、クレーンで吊り上げて設置された。

  • 対外窓口・工務全般を担った八須智紀さん(右)と屋根工事・フィールド・観客席工事を担った石橋正洋さん。

COLUMN

国立競技場の設計コンセプトは「杜のスタジアム」

 大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JVが提出した技術提案書には「歴史ある神宮の緑をつなぎ、100年後を見据え、大地に根差す『生命の大樹』として、市民に開かれたスタジアムを創ります」と謳われている。
「地球環境への意識、SDGs、サステナブルな社会をめざすといった大きな流れに対して今の日本がどう応えていくのか」という問いがあり、神宮の杜という緑豊かな空間がそこにあった。杜のスタジアムのイメージはごく自然に浮かび上がったように思います」と語るのは、設計責任者を担った設計本部の部長、川野久雄さんだ。
 周囲の環境に溶け込む木と緑を生かした外観、大屋根のトラスは鉄と木のハイブリッド構造で、観客席から見上げると杜の木立ちの中にいるようなぬくもりを感じられる空間をめざした。外周最上部には「風の大庇」と名付けた大きな庇を設け、夏、明治神宮外苑に吹く特有の風「卓越風」をスタジアム内に取り込む設計とした。この自然の風が夏の観客席の熱暑を和らげる。そうした工夫を幾重にも重ねた。
「自然が多様なものであるように多様性を受け入れること、今、そしてこれから100年先も、スポーツやイベントなどの舞台となり、人々が集い、歓び、憩う、国立競技場がそういう神宮の杜を象徴するような場所であってほしいですね」
 川野さんは設計に込めた思いを、そう語っている。

  • 左/設計責任者を務めた川野久雄さん。右/渋谷川の記憶を継承した「せせらぎ」は雨水を利用している。

  • 軒庇上部には神宮の杜との調和を図ったプランター植栽が。

大成建設オフィシャルサイトを訪ねていただくと、「国立競技場特設サイト」をご覧いただけます。

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