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機関誌「エフ」

Fプロジェクト 第6回 前田建設工業 篇

ICI総合センター ICIラボ 「ここは夢を育み、革新が生まれる場所」

建設業から「総合インフラサービス企業」への変貌を目指す前田建設工業が、100周年記念事業として開設した「ICI総合センター ICIラボ」。新たな時代へと歩み出すために欠かせないオープンイノベーションの拠点となる施設だ。ここから新しい試みが生まれ、育まれ、そして革新的な商品やサービスが世に送り出される。今回はICIラボ誕生の物語を紹介する。

ICI総合センター外観。中央がエクスチェンジ棟で、
向かって右にネスト棟、左にガレージ棟が建つ。

100周年記念事業は次の100年に歩み出すための布石

 東京の都心部から電車で1時間ほど、昔懐かしい風情の常総線の小さな駅前に、前田建設工業の「ICI総合センター ICIラボ」はある。
 正面の四角い建物が「エクスチェンジ棟」、右手には弧を描く壁面が印象的な「ネスト棟」、左手には実験棟の「ガレージ」。バックヤードにはこの地の自然を生かし再生したビオトープが広がっている。
 木造のネスト棟にはカフェカウンターやアート作品や写真集が飾られたライブラリースペースが設けられ、工業用ロボットで木材を削り出して作った大きな恐竜の骨格模型、恐竜の卵の形を模した個室トイレなど、館内には遊び心あふれる造形が並ぶ。さらに、トレーニングマシンやゴルフのパターが練習できるコーナーもある。
 「ここは、研究で熱くなった脳をクールダウンし、リラックスする空間。そんな時間の中から、発想が浮かび温められる、まさに巣(ネスト)のようなイメージの場所になっています。一方、隣のエクスチェンジ棟は、社外のパートナーとともに、オープンな交流や白熱した議論を通して活気に満ちた知的創造を実現させるための空間です。そして、さまざまな実験を行うのがガレージ棟。大屋根の下に『ガレージ1』『ガレージ2』の2つの棟を連結して、先進的な技術装置や機器を備えています」
 概要を説明してくれたのは、インキュベーションセンター長の岩坂照之さんだ。
 多様なパートナーとの協創により革新的技術開発や新ビジネスを実現するためプラットフォーム機能を持つ「ICIラボ」が正式に開所したのは2019年2月のこと。この革新的な施設が誕生した背景には、前田建設工業の課題解決への強い意志があった。
 課題のひとつは、少子高齢化、人口減少が進む日本では、従来通りの建設業、工事をして売り上げや利益を上げるビジネスモデルに限界があるということ。もうひとつは、人工知能、IoT、機械がネットでつながるといった環境変化への対応だった。
 これからも成長を続けるためには、既存の請負業では厳しい、自ら新たなサービスや商品を生み出し育み、世に送り出す企業となることが必要だ。そのためには異なる分野の企業と共創して、新しい価値を生み出していくこと。オープンイノベーションを推進しなければならない。
 では、どうすればそれが可能となるのか。模索していた頃に持ち上がっていたのが、練馬の技術研究所の移転話だった。2014年のことだった。
 新しい技術研究所をオープンイノベーションの拠点とする。
 2019年に迎える100周年の記念事業として、前田建設の次なる100年への歩みを象徴する場とする。構想が動き始めた。

  • ICI総合センターのネスト棟内観。

  • Exchangeエクスチェンジ棟
    エクスチェンジ棟2階の「Spa Area」には活発なブレストや社内外の会議を可能にするブレストスペース(右)が、また3階にはICI参加パートナーの業務空間として「Connecting Area」(左)が設けられるなど、随所にイノベーションのための工夫が凝らされている。

トップも若手も参加して熱い議論が交わされた

 先進技術開発センター長の上田康浩さんは、2015年4月に技術研究所に配属され、新たに設けられた生産革新技術研究室でAIやロボティクスといった先進的な技術と建設業をどのように結びつけていくのかを研究していた。並行して、新しい技術研究所の実験施設にはどういうものを導入すべきか、どのような形でオープンイノベーションを進めていくのかを、移転プロジェクトの一員として検討することになった。
 同じ頃、新たな施設の設計も着手された。
「設計が始まったのが2015年4月。約1年半後の2016年11月にICI総合センターの建設工事に着工しました」と語るのは、ソリューション推進設計部BIMマネージメントセンター長の綱川隆司さん。「ICI総合センター」の設計担当者だ。
 建設予定地は、かつて前田建設の研修施設があった場所で、2015年当時はゴルフ練習場となっていた。多様な虫や野鳥が生息する自然豊かなエリアで、山林には希少植物も見られた。自然環境調査も行い、残すべきと判断した植物は新たな施設に再生する里山エリアに移植した。練習場時代にゴルフボールを洗っていた井戸水を利用してビオトープを造ることも決まった。
 そこにどんな建築物を配するのか、検討段階に入った時、綱川さんは、ひとつの提案をした。若手社員も役員もみんなで、100年先のことも考えて、円卓を囲むような雰囲気でフラットにアイデアを出しあえる場を設けたい。建築家の内藤廣さんに座長をお願いして「ラウンドテーブル」と称したミーティングは7回におよび、上下の関係を越えた議論が交わされた。そこで多くの参加者が共感したキーワードを取り入れながらICIラボの施設の全体像が構成されていった。

  • ▲開所式でお披露目された「ICI」の木製看板。恐竜骨格同様、工業用ロボットで削り出した。

    Garage1&2ガレージ棟(実験棟)
    ガレージ棟には、25mの風路を備える「風環境実験施設」(下)やさまざまな載荷実験が可能な「反力壁・反力床」など、世界レベルの検証を可能にする国内有数の実験設備がある。

  • 練馬にあった旧技術研究所での作業風景。技術者たちがさまざまな土木・建築素材の研究に従事していた。

  • 今回のプロジェクトには現場側からも多くの技術者が関わった。代表して4人の方々からお話をうかがった。左から、小原さん、岩坂さん、上田さん、綱川さん。ICI総合センターのバックヤードにあるビオトープエリアで。

もっと面白いものを、と考え続けた日々が意識改革につながった

 2016年4月1日に就任した前田操治社長は、経営理念の柱としてCSV−SS経営(*)を掲げた。一般的なCSVの概念に加え、建設業の事業基盤に関わる社会課題も含め、事業プロセスを改善しながら解決していく。前田建設は、さまざまな社会課題を解決するための技術やサービスを提供する「総合インフラサービス企業」へとシフトし始めた。
 そして新しい技術研究所は、「ICI総合センター ICIラボ」と名付けられた。ICIは「Incubation(孵化)」×「Cultivation(育成)」×「Innovation(革新)」の頭文字だ。この場所がどんなところで、ここに何が求められているのか、その思いを込めた命名だった。
 前田社長のリーダーシップのもと、「ICI総合センター ICIラボ」計画は、さらに深められていった。
「新しい研究施設は、前田のための施設ではない。インキュベーションもやる、ベンチャー企業や大学の研究室だけでなく、地域の住民と一緒に課題解決を考える。イノベーションセンター、フューチャーセンター、リビングラボ、そういう役割を果たす施設となる」
 上田さんの心には、こうした「ICI総合センター ICIラボ」の姿が描かれていた。
 2016年4月、小原孝之さん(現 イノベーションセンター長)が新たに一員となり、上田さんと小原さんを中心に施設のソフト面、オープンイノベーションを推進する具体的な仕組みや施策を決定していくことになった。
 テーマごとにワーキンググループを組み、徹底的な話し合いが行われた。議論の末に上層部に提出した提案は、しばしば「もっと驚くべきもの、もっと面白いものはないのか」という言葉とともに、跳ね返された。
 誰もが驚く圧倒的な設備、アイデアが求められていた。要望に応えようと、全員が真剣に考え続ける。トップを納得させ、「これ、面白いじゃないか」と言わせるための奮闘の日々。それは、期せずして新しい研究施設を舞台に起こそうとしているオープンイノベーションのための頭のトレーニングになっていた。オープンイノベーションの実現はトップダウンだけではなく、実際に案件に関わる人の強い意志と行動力、現場から突き上げるようなボトムアップがあってこそ可能になる。

  • Nestネスト棟
    ネスト棟はクールダウンの場。エクスチェンジ棟でのクリエイティヴワークで熱した頭を冷やして気分転換、まったく違った刺激をうけることで新たな発想が生まれやすい状態をつくる。

  • 恐竜の卵を模した個室トイレ。入ると、便座の蓋に投影された恐竜がお出迎え。

  • 「コールドバスエリア」にはガラスで温める足湯や、仮眠できる空間も設けられている。

  • 驚きと新鮮な違和感がひらめきに作用することが期待される「アナザーワールドエリア」。

 「いつのまにか、意識改革が起こっていました。2018年に練馬からこちらに移るころには、私たちの心の準備はできていました」と小原さんは振り返る。
 ICIラボは最先端かつ独創的な研究・実験設備を備えるだけでなく、ベンチャー企業などが目指す新事業を現実のものとし、共に成長するための「場・知・資金」を備えた、イノベーション創出のワンストッププラットフォームだ。
 その役割のひとつとして設けたのが「ICIイノベーションアワード(ICI innovation award)」だ。2018年12月10日から支援の対象となる多様なイノベーションテーマの公募が行われた。
 2019年2月15日「ICI総合センター ICIラボ」が正式にオープン。オープニングイベントでは、「ICIイノベーションアワード」ファイナリストのプレゼンテーションと授賞式が開催された。「ICIイノベーションアワード」は、2020年5月にも開催。「新型コロナウイルス対策」や「withコロナ」、「afterコロナ」を課題テーマに募集が行われ、6月には最終審査の結果が発表されている。
 オープンイノベーションを推進するための環境が整うと同時に、前田建設は2019年度にドラスティックな組織改革、働き方改革を行った。その一例が役職名だ。それまでの主任研究員は“プロデューサー”、研究員は“カタリスト”となった。カタリストは化学反応を促す“触媒”の意味を持つ言葉だ。新しい時代の研究者に求められる役割を投影した職名ということになる。
 環境は整った。働く人々の意識も変わった。「ICI総合センター ICIラボ」は、旧来の前田建設から脱皮したMAEDAが生まれる場所。多彩で希望に満ちたいくつもの挑戦は、すでに始まっている。

*CSV−SS(Creating Satisfactory Value Shared by Stakeholders)の略

  • 2019年2月15日の「ICI総合センター」開所式には、自治体や関係者のほか、産・官・学の各分野から多くの方々が出席、祝辞と同センターへの大きな期待が寄せられた。

  • イノベーションに関するパネルディスカッションなどのほか、開所式当日に合わせて実施された「第1回 ICIイノベーションアワード」ファイナリスト5人によるプレゼンテーションと授賞式が行われた。

COLUMN

廃校施設を活用して誕生した人材開発・深耕の場「ICIキャンプ」

 ICIラボのオープンから約9か月後の2019年11月6日、「ICI総合センター」内に「ICIキャンプ」がオープンした。地元自治体・大学・企業・住民など文化・芸術までも含めたネットワークづくりと、新たな価値創造に寄与できる人材の開発拠点となる場所だ。廃校になった旧取手市立白山西小学校を魅力的にリノベーション、旧校舎を改修し宿泊機能も有する「東の校舎」「西の校舎」のほか、木材と鉄骨の混構造で新築したセミナー室・食堂機能を有する「木のえんがわ」、体育館が配置されている。

  • ICIキャンプ外観。手前が「木のえんがわ」、奥にみえるのが「東の校舎」「西の校舎」。

  • 教室の黒板はそのままに、多目的空間としてリノベーションされた旧取手市立白山西小学校旧校舎の内観。

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