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機関誌「エフ」

Fプロジェクト 第14回 ヒューリック篇

新たなタイトル棋戦創設、そして「東京・将棋会館」移転、
日本将棋連盟を継続的に支援し、将棋文化の継承・発展に貢献

 東京・千駄ヶ谷の「東京・将棋会館」は1976年に建設され、約半世紀にわたり名勝負の舞台となってきた。老朽化によって取り壊しを決めた同会館は、日本将棋連盟創立100周年を迎えた2024年9月、近くに新築された「ヒューリック将棋会館千駄ヶ谷ビル」へと移転した。この移転には、近年、メセナ(芸術・文化支援)活動の観点から将棋文化の振興を積極的に支援してきたヒューリック株式会社が大きな役割を果たしていた。

  • 「ヒューリック将棋会館千駄ヶ谷ビル」(左)は2024年9月2日に竣工を迎え、8日の新「東京・将棋会館」のお披露目式では、ヒューリックの西浦会長を含め日本将棋連盟の羽生善治会長(当時)、佐藤康光前会長(同)、清水市代常務理事(同)など8名によるテープカットが行われた。

出会い、日本将棋連盟からの協力要請

 東京都心部を中心に不動産事業を展開するヒューリック株式会社(以下ヒューリック)。都会的な印象が強いこのデベロッパーと、日本の伝統文化である将棋、一見かけ離れたように思える両者が出会うきっかけとなったのは、将棋を趣味とし将棋文化を愛するひとりの経営者の存在だった。ヒューリックの西浦三郎会長はアマチュア二段という腕前の将棋愛好家だ。ヒューリックの経営に参画する以前、銀行家として活躍していた頃、後に日本将棋連盟(以下、将棋連盟)の棋士会会長、将棋連盟会長を務めることになる佐藤康光九段との縁が生じた。
 2011年3月11日に発生した東日本大震災の災害支援活動が各地で行われるなか、将棋連盟も東北で開催する「将棋復興支援イベント」を企画した。佐藤棋士会会長(当時)がヒューリックの西浦社長(当時)に協賛を要請すると快諾、同イベントは2013年に実施された。これが最初の具体的な支援となった。その後も2017年8月に開催された「文部科学大臣杯第13回小・中学校将棋団体戦」の特別協賛など、ヒューリックは将棋文化支援に尽力していく。

棋聖戦の特別協賛と女流タイトル戦創設

 棋士の活動・経済的支援が重要と考え、2018年4月からタイトル棋戦のひとつ「棋聖戦」の特別協賛が始まり、「ヒューリック杯」が冠されるようになった。翌2019年には女流タイトル棋戦「ヒューリック杯 清麗戦」を創設(現在、主催者は大成建設に移行)、2020年には女流タイトル棋戦「ヒューリック杯 白玲戦・女流順位戦」を創設し、女流棋士の活動と技術向上を後押ししている。
 「清麗戦」創設の経緯については、西浦会長がインタビュー記事で次のように答えている。
 「豊島九段が羽生九段から棋聖タイトルを奪取した際の就位式に参加したときに、いまの将棋連盟会長の清水市代女流七段がいらっしゃいました。そこで清水さんに『棋士のタイトル戦は8つある。女流のタイトル戦は6つしかない』と言われて、では何とかしましょうということになりました」
 「清麗戦」では、“2敗失格”という対局数を増やす方式を採用している。「対局料のみで生計を立てられる女流棋士は数人しかいない」と言われる状況を鑑みての方式であり、女性活躍推進の観点から女流棋士の支援も手厚くしたいとの強い思いが表れている。
 待遇がより良くなることで棋士に憧れる子供が増えれば、将棋文化が未来にわたって受け継がれていくことになる。そうした思いもあり、2025年度、棋士・女流棋士の対局環境向上を目指して「白玲戦・女流順位戦」「棋聖戦」の支援を強化、賞金額が大きく引き上げられた。

  • 第89期ヒューリック杯棋聖戦は羽生善治棋聖(当時)と豊島将之八段(同)の五番勝負。

  • ヒューリックが創設した「清麗戦」と「白玲戦」のポスター(それぞれ第1期)。

『創立100周年事業』、東京・将棋会館移転

 ヒューリックと将棋連盟の関係が深まるなか、将棋会館移転の話が持ち上がっていた。
 竣工から約半世紀を経た将棋会館は老朽化し耐震性能などの課題を抱えていたため、将棋連盟は創立100周年を迎える2024年9月を見据えて建替・移転計画を進めていた。将棋連盟は2018年4月に「会館建設準備委員会」を設立、構想の具体化が始動して、会館の解体・建替や移転する場合の候補となる他地域からの公募も踏まえて約1年間にわたり検討が重ねられた。そして2019年6月の通常総会で「千駄ヶ谷センタービル」への移転協議を進める方針が決議された。「千駄ヶ谷センタービル」は、当時ヒューリックが建替計画を推進中のビルで、会館から近く、“将棋のまち”として親しまれている千駄ヶ谷エリアに拠点を残すという観点からも理想的な候補地とされた。この決議をもって正式に将棋連盟とヒューリックの「新たな将棋会館建設プロジェクト」が発進した。
 「2019年から2年ほど将棋連盟と当社の間でさまざまな課題が協議されました」と当時を振り返るのは、プロジェクトの中心的なメンバーだったヒューリックの開発事業第二部次長・外松浩一さんだ。
 移転先建物の売買価格協議、その他内装費、税金などを含む移転に係る総費用の精査といった資金計画をはじめ課題はいくつもあった。“総本山”の移転は将棋連盟にとって記念すべき100周年事業の最重要案件。双方あきらめることなく計画を成し遂げるための話し合いを続けた。
 「新型コロナウイルスの流行による行動制限もあり苦労しましたが、粘り強く協議を重ねて双方満足できる形で折り合いをつけることができました」
 2021年8月、ヒューリックと将棋連盟は『創立100周年事業』として「東京・将棋会館の移転に係る基本協定」を締結した。「これで計画を具体化できるとひと安心したものでした」と外松さん。
 そして2024年9月、将棋連盟創立100周年の節目に地上4階建の「ヒューリック将棋会館千駄ヶ谷ビル」は竣工を迎えた。設計・施工を担当したのは隣接区画に建つ国立競技場も手がけた大成建設だ。タイトなスケジュールであったが、確かな技術と豊富な経験を備えた精鋭たちの奮闘で無事に工期は守られた。1階に移転する新生「東京・将棋会館」完成の式典も行われた。テープカットを行った将棋連盟の羽生善治会長(当時)は「将棋界の総本山として、将棋ファンのみならず、多くの人たちが訪れて楽しんでもらえる場所にしていきたい」とあいさつ。詰めかけた大勢の報道陣に将棋連盟の関係者たちも晴れやかな笑顔で応えていた。その取材の輪を眺めながら、外松さんはこのプロジェクトをやりきったという安堵の気持ちと晴れの日を迎えることができた歓びを噛みしめていた。
 「ヒューリック将棋会館千駄ヶ谷ビル」は、1階に将棋会館、2階から4階はテナントが入居するオフィスフロア。将棋会館に併設された店舗は連日賑わいを見せている。千駄ヶ谷駅徒歩2分のアクセス良好な立地に4500㎡超の大規模敷地を活かした建物で、オフィス共用部には1階エントランスから4階まで吹き抜け屋内階段を設け、自然光が降り注ぐ空間が広がる。快適性はもちろん、ヒューリックの強みである震度7クラスの地震に耐えうる高い耐震性能や高効率な省エネルギー設備を備え高い環境性能も有する。さらに、外松さんは千駄ヶ谷エリアの持つ多面性にも言及する。
 「千駄ヶ谷という地域性を強く意識した建物になっているのもヒューリックならではだと自負しています。落ち着いた緑豊かなまち、将棋会館や能楽堂がある伝統的な文化の香り高いまち、東京体育館、国立競技場といったスポーツ施設、津田塾大学をはじめとする教育機関も集積する。そんな千駄ヶ谷の魅力をしっかり受け止め引き立てる建物にしたいと考えていました」

  • 約半世紀にわたり“将棋の聖地”のひとつとして親しまれてきた旧「東京・将棋会館」。
    写真提供:日本将棋連盟

  • 正面入口の手前、木目模様の壁面に設置された「日本将棋連盟」のサイン。

  • 竣工から1年が経ちV字柱に施された木板も風合いを帯びてきた。

新「東京・将棋会館」の外観と内観、その意匠に込められた思い

 竣工から早や1年が過ぎた。「将棋会館があることそのものが千駄ヶ谷という地域の個性」と外松さんが語っていたように、1階の将棋会館はこのビルを特別な存在にしていた。
 特徴的なV字柱は木板を纏い耐震性を確保するだけでなく、都心にありながら自然豊かな環境に調和する役割も担う。無機質になりがちなコンクリート打ちっぱなしの壁面には杉板型枠の木目模様が写し出され、自然の趣きと気品が加味されている。
 将棋会館のエントランスには壁一面に大小数多の木製プレートが掲示されていた。会館移転に際して支援・寄付した組織や個人の名前が書かれていて、将棋文化がそれだけ多くの人々に支えられていることが実感される。エントランスの奥に進むと対局室のエリア。心地よい木の香が漂い、スタイリッシュなビル外観からは想像もつかない“和”の空気に満ちている。
 長い廊下に沿って大きさやタイプの異なる11の対局室が並び、最大27の対局を同時に行うことができるという。
 対局室には高い防音性、風が直に対局者に当たらないよう工夫した空調、将棋盤に照明が当たった際に対局者が眩しくならない照明の設置など、棋士たちの集中力を妨げない環境を提供するための細やかな配慮がなされている。
 それはトイレの配置にも関係していて、端の対局室からトイレまでの距離が均等になっている。対局終盤で1分将棋となる場面では、トイレに向かう時間が限られるため、どの対局室からも問題なく利用できるような配置が考えられた。
 静かで心落ち着くこの空間で、棋士たちは今日も真剣勝負を繰り広げている。

  • 対局エリアのエントランスロビー。旧「東京・将棋会館」竣工の際に掲げられていた木製看板(右)が対局室に向かう棋士たちを出迎える。

  • タイトル棋戦が行われる特別対局室は11部屋ある対局室の中で最も広い21畳。天井も竿縁天井と一部では斜めの網代天井を採用するなど、意匠を凝らしている。

  • 長く延びる廊下に沿っていくつもの対局室の格子戸が並ぶ。

新たな100年に向け、将棋文化を支援し、見守り続ける

 新生「東京・将棋会館」とともに「新たな100年」を歩みはじめた将棋連盟。
 今年6月には清水市代七段が女流棋士初の将棋連盟会長に就任。未来に向けた新たな試みも始まった。ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦で、「白玲」のタイトルを5期獲得した女流棋士にフリークラス編入の権利を付与する新制度が導入されたのだ。この制度は、女流棋士から棋士への垣根を越える新たな道を開くもので、将棋界の構造改革にもつながる意義深い取り組みだ。
 将棋連盟は、これからも「継承」と「挑戦」を力強く進め、日本のみならず世界へ将棋の魅力を発信していくだろう。そしてヒューリックもまた、将棋連盟と日本の将棋文化の振興・発展のための支援を継続していくだろう。

  • 主要メンバーとしてプロジェクトをリードしたヒューリックの外松浩一さん。

COLUMN

将棋道場とショップ・カフェスペース「棋の音」

 新生「東京・将棋会館」併設の「棋の音」は将棋道場とショップ・カフェスペースで構成された店舗だ。「多くの人に将棋文化を知ってほしい。将棋を楽しんでほしい。この場所を未来につなげる将棋文化の『木の根』にしたい。そのような将棋に対する想いを忘れないために」というのが店名の由来。
 店舗中ほどには対局室を模した「こもれびの間」があり、対局室の雰囲気を体感できる。その奥には将棋盤がずらりと並んだ将棋道場が広がっていて、ひとりで訪ねても力量に応じた相手との対局を組んでもらえる。
 ショップには棋士の色紙やサイン入り扇子、将棋関連グッズが多数並ぶ。ここでしか手に入らない将棋会館限定のマグカップやTシャツ、ショッピングバッグなども販売。カフェスペースでは佐藤康光九段監修の「康光ブレンド珈琲」や勝負めしの定番であるカレーのメニューなどが楽しめる。
 将棋ファンのみならず、千駄ヶ谷界隈を散策する人も気軽に立ち寄れる交流の場となっている。

  • ショップ・カフェスペースの奥に広がる将棋道場。

  • 店舗中ほどの「こもれびの間」を正面に見て、左手にカフェ、右手にショップがある。

  • ショップでは棋士直筆の扇子や色紙をはじめ、さまざまな将棋関連商品を取り扱っている。

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